<クバル・スピアン編>

2003.11.8(金)その1

実は、旅行会社から送られてきた日程表では今日はフリーの日でした。が、アンコール遺跡見学PASSは3日間有効のモノで、明日は使えないのでソパールさんと話し合って今日と明日の日程をチェンジしたのでした。こういう風に臨機応変に対応できるところが専属ガイド付きツアーのいいところ。ま、それまでもいろいろとわがまま聞いてもらってますが。

全然話は違うのですが、satsukiと私は気が付いていました。ソパールさんがかなりの金持ちであることを。おとといと昨日、それぞれ違う指輪をしていました。ちなみに昨日のはプラチナ台にでっかいダイヤ付き。
今日は山登りがあるんでさすがに指輪はしていなかったんだけれど、靴が立派な登山靴。失礼ですがシェムリアップで売っているとは思えません。きっとプノンペンまで買い物に行ってるんでしょうね〜。

そういえば先日のニュースで、カンボジアでは日本語学校が流行ってるって言ってました。日本語が話せるようになったからといってすぐにガイドの口が見つかるとも思えませんが、上手くいけばソパールさんの様に金持ちになれるのですね。



これから向かうクバル・スピアンは町中から50Km離れたところにある遺跡です。渓流沿いに神々の彫刻が彫られています。が、自由に観光できるようになったのはつい最近のこと。ほんの2年程前までは登山道のすぐそばに地雷が埋まっていたり、警備兵がいたりしたそうです。今でも道を外れて森の中に入ってしまうと地雷が埋まっていて危険なんだそうです。

 

 
バンテアイ・スレイ付近の蓮池。
クバル・スピアンに行く途中にあります。
ここまでは舗装道路でしたが、これから先は
写真のとおりの赤土の未舗装道路。
 
道ばたでスイカを売っていました。
日本のよりかなり小振りです。
 
車はでこぼこをさけるため、大きく蛇行して進みます。
 
ぼっこり大きな轍。わかりますか?

がたがた揺れる車から見えるのはまさに庶民の生活そのもの。今日も暑かったので日陰でゆっくりしている人が多かったです。家は程度の差はあれ「小屋」と言ってもいいくらい質素なもの。中まで丸見えでプライバシーなんてあったもんじゃありません。
そんな風景をみながら車はゆっくり慎重に進んでいきました。

 
登山道。ほんの2年前までは道のすぐ脇に地雷が埋まってたそうです。  
登山道の終点にはこんな滝がありました。
おばちゃん、ずぶぬれ。

遺跡のある場所へは山道を登って行かなくてはなりません。山登ってる間の景色はまるで丹沢。ランチボックスを持ったローカルの家族連れも元気に登っていきます。人気の観光スポットなんだそうです。私たちは元気とは正反対。これまでの疲れが足にきています。しばらくすると、上から降りてくる中年日本人の団体とすれ違いました。なんでも朝6時ホテル出発で涼しいうちに登ってしまったそうです。では、起床は何時?私にはそんなキツキツの観光ムリです〜。

 
王の沐浴場。周りの丸いのは
リンガ(男性のシンボル)群。
日本と同じで「生殖器信仰」がありました。
  資料なし。丸いのがリンガって事はわかるんだけど。
ちなみに写真には載ってませんが女性のシンボルはヨニといい、大皿を伏せたような円盤状のものです。

メインの彫刻へ向かった私たち。そこで私たちはなんとも衝撃的なものを見てしまいました。なんと「横たわるヴィシヌ神」の上半身が盗掘されていたんです。盗掘されたのは2003年3月4日〜5日にかけて。堀跡が生々しいです。たまたまお話をした日本人カメラマンが絶句していました。これを撮るためにわざわざクバル・スピアンまで来たというのですから、ムリもないですよね。

 
ばっくりやられた盗掘跡も生々しい彫刻。
 
こちらは別の彫刻。こっちはまだ大丈夫です。

少々ショックを受けた遺跡見物を終了し、下山です。ふもとに降りたら昼食タイム。私たちには豚カツ弁当が配られました。これがなかなかのおいしさ。肉は軟らかいし、肉じゃがも薄味。たくわんまで付いてました。

ふと、横の団体をながめると香港や台湾で見たことのある発砲スチロールの容器に入ったお弁当。食べてる人たちも中国系のようです。なんかあっちを食べたかったような。
飲み物で大人気だったのが椰子の実ジュース。でもあれ、ぬるくてあまりおいしいものではないんですよね。(経験済み)
道中トイレも無いので私は水分控え目にしておきました。

 
おいしいお弁当。
 
パインとバナナがぶら下がってました。

おなかいっぱいになり、まったりと過ごしたけどここからまたでこぼこ道を帰らなくてはなりません。次に向かうのは通り道にあったバンテアイ・スレイ。「東洋のモナリザ」といわれているデヴァター像があることで有名です。