<アンコール・ワット編>

2003.11.6(水)その6

いよいよ午後の部。まだまだ暑い午後3時出発、いよいよアンコール・ワット観光です。

さすが超有名な遺跡、観光客だらけです。ただし、ただ今大規模な修復作業中。参道の一部に青いシートがかかってるとか、有名な塔を大迫力で見ることができる参道の脇にでっかいクレーンが伸びてるとか、何をどうやってもそれらが視界に入ってしまうので感動が薄れます。ま、修復しないと崩れたままですから仕方ないんですけど。

実は左脇に大きなクレーンがあります。

すると、ソパールさんが私たちを誰もいない絶景ポイントに連れて行ってくれました。この頃になって私たちはソパールさんがカメラの達人だということに気が付き始めました。しかもかなりのこだわり派で、デジカメの扱いは私より確実に上です。行く先々でsatsukiと私のツーショットを撮ってくれます。しかもアングルを決めるために立ち位置の細かい指示が出されます。

日本語は聞き取りづらいけど、いいぞ、ソパールさん。

ソパールさんおすすめの絶景ポイント。
人もいないし、ゆっくり景色を堪能できます。
水たまりは本格的な乾期になると無くなります。

ここで、ソパールさんからクイズ。「アンコール・ワットはどうやって作ったでしょうか?」
私とsatsukiはてっきり何が石を運んだかの話だと思い、「ゾウが石を運んだ」と答えたのですが、ソパールさんの答えは
「坂を作って石を上まで運んだ。」何が石を運んだかの質問に対しては無視されました。この後もいくつか質問を投げかけたのですが、遺跡の説明はできても会話は得意でないようで、答えは返ってきません。をいをい。

アンコール・ワットは12世紀の前半から半ばにかけてスールヤヴァルマン二世が自らの王廟として建てたものです。ヒンズー寺院として建てられたのですが、のちに仏教寺院に衣替えしました。アンコールの遺跡はこのように寺院の宗派がその時代によって変わってしまうものが多く、その都度像の頭が落とされたりします。
さまざまな像やレリーフの破壊の原因はそれだけじゃなく、風化や隣国(現在のタイやヴェトナム)の侵略によるものや金目当てに盗掘されてしまったものも多くあります。

 
経堂。経典を収蔵した建物らしいです。
 
壁画。真ん中はスールヤヴァルマン二世。
うちわとか傘がたくさんさしかけられているのは
地位が高い証拠。
     
 
壁画の前には柵があります。
遺跡に映えるお坊さんのオレンジの衣。
 
第2回廊外壁部分。連子窓の脇にもデヴァターが。

アンコール・ワットはピラミッド型にだんだん高まっていく形になっていて、それぞれ低いところから第1、第2、第3回廊と名付けられています。それぞれ階段を登って上の回廊へ行くのですが、上に上がるにつれて急になっていくんです。第3回廊への階段はそりゃもう登るのも辛いけど、登った後に下をみて後悔するほどの高さになります。

さて、いよいよ第3回廊へ向かう段になるとなんと、ソパールさんの「私はここで待ってますから2人で行ってきてください」発言。
ちょっと〜 職務怠慢じゃないのぉ?

 
第3回廊への階段、上から見たとこ。
傾斜は70度もあるそうです。
しかも階段は巾が狭くて足が乗り切らない(汗)
 
日が傾いてきていい雰囲気の第3回廊。
状態のよいデヴァターもたくさん。
 
いわゆる「とうもろこし」部分。
こまかい細工がしてあります。

帰り道の参道で、植わっている砂糖ヤシの木から落ちた実をソパールさんに勧められるまま食べてみました。ちょっと渋みのある甘さ。繊維質が多くてみごとなオレンジ色をしています。これを煮詰めて砂糖にします。よろこんで食べてたら、ローカルの人に思いっきり笑われました。

アンコール・ワットを十分堪能した私たちが次に向かうのは、夕日スポットの「プノン・バケンの丘」。もう、足ガタガタなんですけど。